『擁壁』という文字から、どんなものか思い浮かぶ方はいらっしゃるでしょうか。擁壁は簡単に言うと土砂崩れを防ぐために設けられる構造体のことで、山道の途中や高低差の大きい住宅地などでよく見られます。
ここ最近発生した豪雨により、擁壁の崩壊リスクに注目が集まっています。
これから土地や住宅を購入する方ならば、擁壁は必ずおさえて頂きたい重要なチェックポイント。
住みたい土地が自然や坂道の多い場所などの場合は特に必見の内容となっております。
目次
擁壁とは
新しく家を建てるためには、その土地選びも大切な工程の一つです。綺麗に整った形の土地と、その他希望する条件がぴったりと一致すれば万々歳ですが、残念ながらなかなか上手くいかないこともしばしば……。
例えば、家を建てたい土地が斜めに傾いていたり高低差があったりするところにそのまま家を建てようとすると、建物からの圧力や重みで土地が崩れてしまう恐れがあります。
この斜面の土砂崩れを防ぎ安定させるために作られる、まるでブックエンドのような機能を持った壁状の構造物を、擁壁と呼んでいます。
耐用年数は20年~50年といわれており、擁壁自体の重さで、土から受ける様々な圧力に対する耐力が上がります。
また、擁壁は土を盛り土地を綺麗に整えることにより、土地面積を広げるという役割も担っています。
◆擁壁の必要性
高低差のある土地にかかってくる圧力は、上に建つ建物の重みだけではありません。
度々発生する地震での振動や、降雨により地面に染み込んだ雨水の水圧など、様々な方面から圧力がかかるため、より土地が不安定なものとなりやすいのです。
土を積み上げたとき斜面が崩落しない最大の角度のことを『安息角』と言いますが、この安息角を大きく超える高低差を安定して実現しなければならない状況において、擁壁は必須の構造物となります。
擁壁の種類
擁壁には様々な種類があり、コンクリートやブロックで作られているものが主によく見られます。
土地の状態や予算も踏まえながら、適する工事方法や擁壁の種類を選定していきましょう。
鉄筋コンクリート造(RC擁壁)
『鉄筋コンクリート造』は『RC擁壁』とも呼ばれており、コンクリートの中に鉄筋を埋め込んで作る擁壁となっています。
すっきりと見栄えが良いだけではなく耐震性能も持ち合わせており、斜面の上に敷地がある場合に用いられることが多いです。
RC擁壁の中でも下記のように形状によって名称が分かれ、種類ごとに得意とする環境状態も異なってきます。
◆逆T字、L字、逆L字
かかと版の上に積まれた土(背面土)からかかる重みで擁壁自体を安定させる構造となっています。お値段が嵩みがちな擁壁工事の中でも、比較的経済面でのダメージを受けにくい種類の擁壁となっています。
無筋コンクリート造
『無筋コンクリート造』は、その名の通り鉄筋を入れずに作られた擁壁のことを言います。
RC擁壁のような鉄筋が入っていないとヒビが発生しやすく、擁壁の打設方法によって耐震面に懸念が残る場合や、基礎地盤の強度に注意する必要があります。
擁壁を打設する高さによって割高になってしまう場合もあるため、擁壁工事前にチェックしておきましょう。
練積造
『練積(ねりづみ)造』は、コンクリートやモルタルを接着剤代わりに間知石(けんちいし)やブロックを積み重ねていく工法です。
一番スタンダードな擁壁の種類で、コンクリートが基礎になることが多いです。
『間知ブロック』は軽量、低価格で取り扱いやすく、水平、斜めなど積み方のバリエーションが多彩で古くから利用されてきた、いわば擁壁のレギュラーメンバーのような存在となっています。
余談となりますが、『間知』とは、ブロックが6個集まった時のサイズが一間分(180㎝)となることからこのように呼ばれるようになりました。
また、練積造に対し接着材を使用せずそのまま積み上げることを『空積み』と言います。施工難易度が高く現在ではレアな存在となるため、発見した際は是非この記事のことを思い出して頂ければ幸いです。
擁壁工事の申請と費用
どうしても工事の工程が大掛かりとなる擁壁工事。工法や地盤の影響を受けて、施工費用も大きく変動する傾向にあります。
工事内容によっては地方自治体への申請が必要となる場合があるため、申請要件をおさえ、手続きの必要性を判断できるようにしておきましょう。
申請
◆擁壁の設置を義務付けられている地域では、工事の申請が必要
下記の条件に当てはまる場合は、申請や手続きが必要になる可能性が高いです。
所有する土地の高低差が2m以上
高さが5m以上となる崖
切土か盛土かによっても異なりますが、『所有する土地の高低差が2mを超えている』場合、『宅地造成工事規制区域』となります。
また、各都道府県の自治体で設定されている『がけ条例』により、通例は擁壁の設置が義務付けられています。
そして、『高さが5m以上となる崖』に関しては『急傾斜地崩壊危険区域』の区域内となり、土砂災害の危険性が非常に高いことが予想されます。
この区域内で家を建てる場合、都道府県知事の許可を得る必要があります。この場合の擁壁工事は都道府県側で実施、管理も都道府県指定の土木事務所が行うため費用面の負担は軽減されますが、常に危険と隣り合う土地であることは忘れてはいけません。
国土交通省のホームページ上、『宅地造成等規制法施行令第14条に基づく認定擁壁一覧表』にて、国土交通大臣が規定の効力を認めている『大臣認定擁壁』を確認することができます。
◆自治体に確認するのが良い
がけ条例は各自治体によって内容が異なるため、申請が必要かどうか不安な場合は直接自治体に問い合わせてみるのが確実です。
地域密着型の施工会社でも内容を把握している場合があります。
助成金制度も適用できる場合があるため、併せて確認してみるとよいでしょう。
◆許可がおりるのに時間がかかるので、早めの申請を
工事許可の申請が通るまでは約1か月前後の時間を要します。さらに、工事許可の取得後には建築申請が待ち受けており、テンポ良く手続きを進めなければ家の完成時期に大きく影響してしまうことになります。
余裕をもって早め早めに動くことで、こうしたロスタイムを軽減していきましょう。
費用
◆費用が高くなるのは、鉄筋コンクリート>無筋コンクリート>練積み造の順
擁壁に限った話ではなく、工費は手間がかかればかかるほど高くなっていく傾向にあります。
擁壁は鉄筋コンクリート造がスタンダードで、敷地面積を狭めることなく垂直に施工が可能なうえ、建物を支えるための強度についても申し分ありません。
一方間知ブロック擁壁は、鉄筋コンクリート造に比べて安価ということに加えて、形状やサイズにバリエーションがあり、短い工期での施工が可能となります。
コストは出来る限り抑えておきたいといった気持ちもあるかもしれませんが、耐久性や将来発生する問題を想定したとき、最良な選択が取れると良いですね。
◆費用の目安
擁壁そのものを作る工事費用 … 数百万円~数千万円
擁壁工事は、地面より下に構造を作る関係で、擁壁自体の工事費用の他にも、土を掘って搬出する『掘削工事』費用が必要になります。
擁壁自体の工事内容により金額は変動しますが、数百万円以上となる場合もあり、非常に高額です。
住宅の費用に注力したくても、擁壁を含む土地を購入した場合、擁壁部分で予想以上に予算を取られてしまいかねません。
また、工事箇所周辺の道幅が狭く小さいトラックしか通れないと言った場合、一度に運搬可能な土砂の積載量が少なくなり往復が増えることによって、運搬費がかさんでしまいます。
どんなに立地条件が良くても、擁壁工事の必要な土地に関しては他の条件との比較を行い、優先順位をしっかりつける必要がありそうですね。
擁壁のやり直し工事費用 … 3~13万円/㎡
中古住宅であっても、購入後に建て替える場合にがけ条例の基準を満たせない場合は擁壁工事のやり直しになり、擁壁工事費に加え解体工事費用が別途かかってきます。
擁壁を含んだ土地および住宅の購入前には、がけ条例の基準を満たしているかどうかのポイントもおさえつつ検討しましょう。
一部修復などのリフォーム工事費用 … 1~2万円/㎡
がけ条例の基準を満たせないもののうち、やり直しとまではいかない場合でも、補修作業などが必要になる可能性があります。
やり直しになるより費用はかからないものの、大きな出費であることに変わりはありません。
助成金を上手に活用して、少しでも他の部分に使える資金を確保しましょう。
擁壁で起こるトラブルとその回避方法
50年以上前は、『石積み擁壁』と言ってその名の通り石を積み上げて施工する擁壁工事が多く採用されていました。
しかしこの石積み擁壁は、現在のがけ条例の基準を満たせないものが非常に多いため、後にトラブルのもととなる可能性が考えられます。
一方で現在の擁壁に使われるコンクリートの寿命は約50年~60年と言われていますが、経年劣化により擁壁が壊れるという話はほとんどありません。
では、将来的に擁壁に発生すると考えられるトラブルには、どのようなことを想定しておくとよいのでしょうか。
注意すべきポイントを一緒に確認していきましょう。
◆亀裂やひび割れが生じる
擁壁に亀裂が発生している場合、劣化が進み擁壁自体の強度が低下している可能性が考えられます。
排水が上手くいかず擁壁内の水圧が高まれば、その分災害時に擁壁崩壊の危険性が上昇します。擁壁の水抜き穴につまりがないかどうか、水の染み出しがないかどうかなどの確認はもちろん、ひび割れは早急に補修が必要です。
◆地盤調査を行う
擁壁自体に問題がなくてもその下の地盤が緩んでいれば、擁壁を新設したとしても将来的に地盤沈下が発生し、家が傾いてしまうなどの原因となる恐れがあります。
擁壁が原因で発生した沈下事故に関しては、第三者起因で免責となるため保証されないのです。
地盤調査を依頼し、地盤の現状を把握したうえ、必要であれば地盤対策を行いましょう。
◆もともとある擁壁であれば、「構造計算書」と「完了検査済み書」が役所記録にあるかを調べる
擁壁がいつ完成したかによって、現在の『宅地造成及び特定盛土等規制法』による基準に適合しているかどうか判断することができます。
宅地造成及び特定盛土等規制法は『盛り土規制法』と呼ばれており、土砂災害防止を目的として1962年に施行された宅地造成等規制法から改正を経て制定されました。(2021年の熱海市伊豆山土石流災害において盛り土の崩落が発生したことを受けて、危険な盛土等を全国一律の基準で包括的に規制するため改正されました。)
土砂災害が多発すると予想される地域を規制区域(宅地造成規制区域)に設定し、擁壁造設の基準をクリアすることで『完了検査済証』が発行されるといった仕組みとなっています。
擁壁が宅地造成規制区域内にある場合、市役所や区役所などで完了検査済証の有無を確かめましょう。
また、擁壁の強度も事前にチェックが必要です。家を建てること前提として作られたものであるかどうか、完了検査済証があってもなくても『構造計算書』で判断できますので、不安な場合、完了検査済証がない場合は構造計算に強い設計士などの専門家に事前に問い合わせてみると良いでしょう。
以下にて、不動産の購入前に一度顔ぶれをチェックしておきたい擁壁たちをご紹介します。
不動産をこれから取得される方も、すでにお持ちの方も、是非一度確認してみて下さい。
◆玉石積み(石積み・空石積み)の擁壁
『たまいしづみ』と読むこちらの工法で作られた擁壁は、耐久性に問題があり現在では建築基準法で宅地用擁壁としての施工が不可となっています。
建物の建て替えが必要な場合は現在の擁壁を撤去してからの施工となりますので、費用面は気にする必要がありそうです。
◆大谷石を積んだ擁壁
大谷石は耐火性に優れ、柔らかく加工しやすい特性を持つ石材のひとつ。『大谷石積み擁壁』は1950年~1960年あたりによく用いられるようになりました。
柔らかく加工しやすいといった点がウィークポイントとなり、雨風に晒されることで急激に劣化が進行します。
現在の擁壁工事では使用されず、建築基準法施工前から作られているものは建て替え必須となる場合がほとんどです。
◆二段擁壁
二段擁壁は、家を建てる目的での新規土地購入において最も避けた方がよいと思われる構造と言っても過言ではありません。
事故が多発し危険な状態で、宅地造成等規制法上違法とされているため擁壁の作り直しは必須。それまで宅地の建築確認許可がおりないこともあるのです。
二段擁壁は通常の擁壁より高さがあり手間もかかるため、擁壁の解体と建物の解体を別の業者に依頼するなど工夫が必要な場合もあります。
提供:photoAC 外観では2種の異なる擁壁の組み合わせ。上段の擁壁の位置まで土が入っている増し積みされたものが危険とされている。
◆ヒビ(クラック)、割れ、はらみがある
コンクリートは、水を混ぜて化学反応を起こし硬化させるといった性質上、多くの水分が含まれています。
内部の水分は経年劣化でどんどん乾燥し脆くなるため、ヒビが発生することもあります。
はらみとは、擁壁の耐力不足や斜面崩壊により擁壁前面にたわみが発生することです。
気温の温度差が激しい地域ではコンクリート内部の水分が気温により膨張することでヒビが発生する場合があります。
これ以外にも地震などで擁壁自体に強い力が加わったり、地盤の傾きにより擁壁にかかる圧が変わったりして、徐々に影響が出てくる場合があるということを想定しておきましょう。
また、擁壁と擁壁の間の『目地モルタル』が欠けていないかどうかも見ておくと安心です。
ヒビやはらみのある状態は安全とは言えないため、早急に対応する必要があります。
日頃から定期的に点検し、こまめなチェックが被害を最小限におさえてくれます。
◆水抜き穴が無い
擁壁は屋外にあるため、常に雨風にさらされています。
土に染み込んだ雨は擁壁内の土に圧をかけないよう、水抜き穴から排出される仕組みとなっています。
この水抜き穴設置は義務付けられているため、この穴がない擁壁は要注意です。
また、水抜き穴から大量の水や泥が出てきている場合は機能不全を起こしている可能性が高いです。
擁壁内の土が排出されて減ってしまうことで、最悪建物が傾く恐れがあります。部分的な補修は難しく作り直しになってしまうため、早めに状態異常に気付くことが大切になってきます。
まとめ
擁壁について、いかがでしたでしょうか。
擁壁がある土地に関しては、購入決定前の下調べが勝敗を決します。
また、擁壁は基本的に所有者が管理することになりますので、金銭的な面でも購入する際は良く検討しましょう。
家の近くに擁壁を見つけたら、所有者をはっきりさせることも重要なポイントとなります。
そして、擁壁を隣家と共有している場合、隣家への工事説明や、作業工程によっては隣家の敷地に立ち入らせて貰う必要もあるため、こちらの都合だけで勝手に工事が進められません。
余裕を持った工期を設定して、ワクワクする素敵なおうちを創てましょう。
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